センバツ春の甲子園歴代最高の「左投手(サウスポー)」は誰?人気投票ランキング中!

センバツ春の甲子園歴代最高の「左投手(サウスポー)」は誰?人気投票ランキング中!

春の風物詩と言えば、春の甲子園こと、選抜高校野球(以下、センバツ)ですよね!高校球児の夢の舞台である甲子園で繰り広げられる熱戦は、プロ野球とは違った醍醐味があります。

そんなセンバツ高校野球ですが、記憶にも、記録にも残る名選手が数多く生まれる舞台です。卒業後プロ野球の世界で、はたまたメジャーリーグの世界で活躍するような選手が世間に知れ渡るきっかけとなるような大会と言っても過言ではありません。

その中でも、センバツ史上歴代最高の左投手(サウスポー)は誰だ?と聞かれたら、皆さんは誰をあげますか?

野球の華でもあるピッチャーは、勝敗の7,8割を左右すると言われ、まさに勝敗の鍵を握るチームの大黒柱です。中でも、高校野球においては、ピッチャーの出来次第で勝負が決まってしまうような世界です。センバツに出場する強豪校のピッチャーからは、その後プロでも活躍するような超一流の投手が数々生まれています。

そこで今回は、センバツ春の甲子園で活躍した左投手(サウスポー)を紹介し、「センバツ史上歴代最高の「左投手(サウスポー)」は誰?」という人気投票のランキング結果を発表します。

まずは皆さんの意見を教えてください♪

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センバツ春の甲子園歴代最高の「左投手」は誰?人気投票ランキング中!のアンケート

「島袋洋奨」興南高校

「菊池雄星」花巻東高校

「小島和哉」浦和学院

「王貞治」早稲田実業高校

「田中健二朗」常葉菊川高校

「高橋奎二」龍谷大平安高校

「川上哲治」熊本工業高校

「山田喜久夫」東邦高校

「辻内崇伸」大阪桐蔭高校

「島袋洋奨」興南高校

「島袋洋奨」興南高校画像

島袋洋奨は、福岡ソフトバンクホークスに所属する左腕投手です。野茂英雄を彷彿とさせるような「トルネード投法」で春のセンバツで注目を集めたピッチャーです。

島袋が初めて注目を集めたのは、2年生時に出場した第81回のセンバツ大会です。決して大きくはない身体全身を、打者に背番号がはっきり見えるくらい大きくひねり、繰り出される伸びのあるストレートは、当時大変大きな注目を集めました。

初戦の富山商戦で、初回先頭から5者連続三振、5、6回には6者連続三振と、延長10回2失点(自責点0)19奪三振と圧巻の投球を見せるも、0-2で興南は破れてしまいます。結果として初戦敗退となってしまいましたが、「沖縄のトルネード」と称される特徴的なフォームから放たれるストレートと三振の山は、多くの高校野球ファンを釘付けにしました。

同年の夏に再び甲子園に戻ってきた島袋は、初戦で「今宮健太(現・福岡ソフトバンクホークス)」擁する明豊高校と激突。ここでも、サヨナラ負けを喫し、甲子園の地で中々思うような結果が出せない島袋は「悲運のエース」と話題になりました。

悔しい思いを胸に、迎えた3年生時春の第82回センバツ大会。前年の屈辱を果たすかのように、順当に勝ち進み、遂にセンバツ決勝の舞台へ。相手は東京の強豪・日大三高。延長12回までにもつれ込む接戦でしたが、198球を投げきって11奪三振、見事に勝利を飾り、春夏通じて興南高校に初の優勝をもたらしました。

味方の5失策にも崩れることなく、粘り強く投げ込んだ魂の投球は「悲運のエース」とはもう呼ばせないと言わんばかりの投球内容で、高校野球ファンの胸を踊らせました。

「島袋洋奨」のその後

第82回のセンバツ大会で見事に優勝を果たした「沖縄のトルネード」こと島袋は、同年の夏の甲子園の舞台にも戻って来ます。春から更に成長した島袋は、沖縄旋風を巻き起こし、史上6校目、沖縄県勢初となる春夏連覇を果たします。

春夏含めた甲子園での通算成績としては、13試合に登板し11勝2敗で、通算11勝は松坂大輔に並ぶ歴代5位の記録となっています。

この年のドラフトで、横浜やオリックスの指名候補として名前が上がりましたが、中央大学に進学することを選びました。その後東都大学野球で肘の故障や制球難に苦しみながらも、2014年のドラフトで福岡ソフトバンクホークスから5位指名を受け、入団を果たしました。

プロ入り後も、怪我に苦しみ、思うような成績を残すことができず、2017年に戦力外通告を受けますが、肘の手術とリハビリを乗り越え2018年から育成選手としての再契約をし、再起をかけています。

卒業後は総じて、肘の故障に苦しめられている印象ですが、2010年のセンバツで輝きを放った「沖縄のトルネード」は多くの方の記憶に残っていて、センバツ史上歴代の投手として讃えられるべきピッチャーであることは間違いないです。

「菊池雄星」花巻東高校

「菊池雄星」花巻東高校画像

菊池雄星は埼玉西武ライオンズで活躍をし、2019年からマリナーズに所属する本格派左腕投手です。

そんな菊池は、岩手県は花巻東高校の3年春に第81回のセンバツ大会へ出場しました。しなやかで球持ちのよいスリークォーターから繰り出される伸びのあるストレートは多くの高校野球ファンを魅了しました。

中でも菊池の勝負球の一つでもあるクロスファイヤー(左腕から右打者インコースに対してクロスに放たれるストレート)は目から鱗のボールで、見ている人を釘付けにする決め球でした。同大会で対戦経験のある今宮健太(現・福岡ソフトバンクホークス)にも、100%インコースの球が来るとわかっていても打てなかった、と言わしめた程です。

センバツ大会自体は、初戦の北海道鵡川高校戦で最速の152km/hをマークしながら、2安打完封の完全シャットアウト。続く2回戦の明豊高校戦(このとき、今宮と対戦)でも完封を納め、その後も順当に勝ち進み、岩手県勢として春夏通じて初の決勝戦へと駒を進めました。決勝では、上述した、長崎清峰高校の「今村猛」との投手戦の上、惜しくも0-1で破れてしまいましたが、両者一歩も譲らない、手に汗握る展開を見せた大接戦は大変大きな注目を集めました。

「菊池雄星」のその後

センバツ大会で惜しくも準優勝で終わった菊池雄星は夏の甲子園にも出場しました。背中と腰の痛みに無理に耐えながら投げぬいてきた菊池は、準決勝リリーフとして登板するも、本来の投球ができず相手打線に捕まり、わずか11球でマウンドを降りることになりました。

結果的に大敗を喫し、菊池の夏は終わりを迎えました。エースとしての責任と最後の夏への思い、周囲からの期待、仲間への思い等大きなものを背負いながら奮闘する姿は、思わず見ている側も涙が出てきてしまうシーンでした。

同年のドラフト会議では、ナンバーワン左腕として注目を集め、埼玉西武ライオンズ、阪神タイガース、東京ヤクルトスワローズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、中日ドラゴンズ、北海道日本ハムファイターズの6球団から1位指名を受け、結果的に埼玉西武ライオンズへ入団しました。

入団後は大きな期待を背負いながらも、故障や制球難に苦しみ、思うようなピッチングを見せられないシーズンが続きましたが、2017年に再起を果たし、左腕史上最速の158km/hをマークするほか、最優秀防御率、最多勝を受賞し、チームの好成績の中心となりました。

その後2018年のシーズン終了後に、ポスティングシステムによるメジャーリーグ移籍を表明し、シアトル・マリナーズへの入団が決まりました。

あの大谷翔平も、菊池雄星に憧れて「花巻東高校」への進学を決めたことは有名ですが、そのくらい菊池がセンバツで見せた圧巻のピッチングは素晴らしいもので、やはり菊池はセンバツの歴史を語る上では必要不可欠な存在でしょう。

「小島和哉」浦和学院

「小島和哉」浦和学院画像

小島和哉は千葉ロッテマリーンズに所属する左ピッチャーです。

小島は埼玉・浦和学院の2年時に、2013年の第85回のセンバツ大会に出場し、2年生エースとして大きな注目集めた投手です。

小さめのテークバックで球の出どころが分かりづらいフォームから繰り出される、伸びのある140km/h前後のストレートと、カットボール、スライダーなどを武器に、数々の強豪校を押さえ込み、埼玉県勢としては45年ぶりの全国制覇へと導きました。

5試合で先発をつとめ、3完投うち1完封、42イニングで3失点という安定感のある成績は、2年生とは思えないような冷静さを持ち、その立ち振舞は大物になる予感たっぷりのピッチング内容でした。

「小島和哉」のその後

2年生ながらも、センバツで全国を制した左腕は、その年の夏の埼玉地方大会・準々決勝にて完全試合を達成し、勢いそのままに、甲子園の切符を手にします。

埼玉地方大会で激戦を繰り広げてきた小島の左肩は疲労がなかなか取れない様子で、初戦の9回2死の場面で、身体に限界が来て、左足の痙攣によりマウンド降りる形となります。

無慈悲にも、後続の投手がサヨナラ打を許し、小島2年生の夏は終わりを迎えます。3年生の思いを背負った2年生エースとしての責任と強い思いに感動した高校野球ファンの方も多いのではないでしょうか?

その後、リベンジを誓うも甲子園行きの切符を手に入れることはできず、小島の高校野球は終わりを告げます。プロ志望届は出さずに、早稲田大学への進学を選び、1年時から活躍を見せました。3年時には怪我に苦しみながらも、その実力は十分に評価され、2018年、千葉ロッテマリーンズのドラフト3位として入団しました。

上級生の思いも背負って投げぬいた2年生エースは、センバツ史上歴史に残る左腕として語られるでしょう。

「王貞治」早稲田実業高校

「王貞治」早稲田実業高校画像

王貞治は「世界のホームラン王」として知られ、平成6年には野球殿堂入りした世界的にも有名な元プロ野球選手です。

そんな王貞治もセンバツには投手として出場しています。王が早稲田実業高校2年生で迎えた1957年春、2年生左腕エースとして第29回センバツ大会に出場します。準決勝までを3試合連続完封という圧巻のピッチング内容を披露し、迎えた決勝戦。

連投により、左手中指と人差し指にできたマメをつぶしながらも血染めのボールを投げきり、見事優勝を果たし、全国制覇左腕となりました。

「王貞治」のその後

センバツを見事に制した王は、同年の夏の甲子園にも帰ってきて、2回戦の寝屋川高校戦で延長11回ノーヒットノーランを達成します。延長線でのノーヒットノーランは春夏通じて甲子園では唯一の記録です。

高校卒業後は、巨人に入団し、ピッチャーとしてではなくバッターとして大成し、伝説のV9の主力選手として貢献。あの有名な一本足打法も生み出し、通算868本塁打という世界記録を打ち立てるまでの選手となりました。

世界のホームラン王である王貞治も、センバツでは優勝投手として、歴代に名を残しています。「血染めのボール」伝説もセンバツの歴史として、長い間語り続けられたりと、まさにセンバツの歴代の左投手(サウスポー)を語る上では見逃せない選手でしょう。

センバツ春の甲子園歴代最高の「投手(ピッチャー)」は誰?のまとめ

いかがでしたか。センバツ春の甲子園で輝きを放った右投手はその後、プロ野球で活躍しているようなピッチャーばかりですよね!

以外にも、センバツで好成績を残した投手も、夏の甲子園には、地方予選で敗退しているケースもあったり、一方で歴史に名を残す春夏連覇を遂げたりと、いろんなことが起こるのが高校野球の醍醐味ですよね!

センバツでのリベンジを果たすために、センバツでの輝かしい成績を守り抜くために、夏の甲子園との繋がりなんかを紐解いていくと、その背景にある、仲間とのストーリー、監督とのストーリー、ライバルとのストーリーなど見ていくと、それぞれにドラマがあって非常に面白いですよね。

皆さんの考えるセンバツ史上歴代最高の左投手(ピッチャー)は誰でしょうか。それでは最後に気になる人気投票ランキングの発表です。

センバツ春の甲子園歴代最高の「左投手」は誰?人気投票ランキング中!のアンケート

「島袋洋奨」興南高校

「菊池雄星」花巻東高校

「小島和哉」浦和学院

「王貞治」早稲田実業高校

「田中健二朗」常葉菊川高校

「高橋奎二」龍谷大平安高校

「川上哲治」熊本工業高校

「山田喜久夫」東邦高校

「辻内崇伸」大阪桐蔭高校

アンケートまだまだ募集しています!皆さんのご意見も是非教えてください。

センバツ春の甲子園歴代最高の「左投手」は誰?人気投票ランキング中!のアンケート

「島袋洋奨」興南高校

「菊池雄星」花巻東高校

「小島和哉」浦和学院

「王貞治」早稲田実業高校

「田中健二朗」常葉菊川高校

「高橋奎二」龍谷大平安高校

「川上哲治」熊本工業高校

「山田喜久夫」東邦高校

「辻内崇伸」大阪桐蔭高校

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