【崖の上のポニョ】魅力や裏設定、トリビアを紹介|ジブリ人気投票も!

【崖の上のポニョ】魅力や裏設定、トリビアを紹介|ジブリ人気投票も!

「崖の上のポニョ」とは

2008年7月19日公開。宮崎駿の長編映画第10作。原作、脚本、監督全てが宮崎駿となる作品は第8作の「千と千尋の神隠し」以来の7年ぶりの作品となります。制作当初はコンピューターグラフィック(CG)などを使うことも検討していましたが、『人間が手で描く』というアニメーションの根源にこだわり、『手書き』で作画したため絵のタッチは素朴なものになり、従来とは違う新しい表現方法が用いられています。とくに『海の波』の描写にはこだわったといわれています。

また話の構成は、オーソドックスな起承転結があるストーリーではなく、伏線をとくに張らずに勢いよく話が進んでいます。そのため、天変地異がおこっても詳しく説明されることはなく、全体的に不明な点が多く残ったまま物語が完結します。実は宮崎駿の作品は、「もののけ姫」で万人ウケするストーリーを作ることはやりきったため、「千と千尋の神隠し」以降は作風をかなり変えており、ストーリーの一貫性を放棄したものもあえて用いたりしています。「崖の上のポニョ」もその一つで、宮崎駿自身『僕はもう既成の起承転結のよくできたストーリーの映画なんか作りたくない』や『自分の作品の大衆性が低くなっている』と発言したりしました。そのように大衆性が低いといっているにも関わらず、結果は興行収入は155億円、観客動員数1200万人以上という大ヒット作品となっています。

「崖の上のポニョ」の制作秘話

崖の上のポニョ 原画

「ハウルの動く城」の制作後の2004年11月に社員旅行で訪れた瀬戸内海の港町である「広島県福山市鞆の浦」を宮崎駿はとても気に入り、次回作のイメージを膨らませるための準備として2005年の春に再度、鞆の浦に2ヶ月間滞在しました。さらに2006年の夏にも、単身でこもりました。鞆の浦には「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されたほどの美しい景色が広がるため、宮崎駿はこの鞆の浦の景色より「崖の上のポニョ」のカギを握る壮大な波のシーンのヒントを得ました。

またメイキング映像『ポニョはこうして生まれた 宮崎駿の思考過程』で様々な裏話が紹介されており、宮崎駿のプロフェッショナルさが紹介されています。宮崎駿は監督なのに、原画を描いて、原画チェックして、納得いくまでカットを修正して…と膨大な仕事をこだわり進めていたら、当初は8月中には仕上がる予定だった絵コンテが10月になっても完成していない、結局翌年の1月にようやく完成。絵コンテができ、ようやく制作開始できるとなったら、『ほとんど動きはない』としていたのに、アクションシーンが多数追加されていたり、と制作現場が想像以上にドタバタしていたことが明らかになっています。しかし、鈴木敏夫いわく、宮崎駿の制作はいつもこんなものと淡々と語ります。最終的にはコンピューターグラフィックスを使わず手書きで全て作画したので、上映時間が短いにもかかわらず、作画枚数はジブリシリーズで1番という結果になりました。

タイトル 上映時間 作画枚数
崖の上のポニョ 100分54秒 170,653枚
ハウルの動く城 119分11秒 148,786枚
千と千尋の神隠し 133分24秒 144,043枚
もののけ姫 124分35秒 112,367枚

「崖の上のポニョ」の概要

崖の上のポニョ

魚の女の子「ポニョ」は家出し、クラゲに乗って海岸へやってきます。空き瓶に頭が挟まってしまったところ、保育園児の「宗介」に助けられます。宗介は魚のポニョが好きになり、ポニョも宗介のことが好きになります。しかし、魔法使いの父「フジモト」により、ポニョは海の中へと連れ戻されてしまいます。人間のことをよく思っていないフジモトは、人間の世界を滅ぼすため井戸に『命の水』を蓄えていました。

「宗介に会いたい」「人間になりたい」と願うポニョは再び家出を試みますが、そのとき偶然に井戸の命の水に海水を注ぎこんでしまいます。海水と反応した命の水がポニョの周りに溢れ出し、命の水の魔力によりポニョは人間の姿へと変わります。危険な力を持つ命の水は激しい嵐を呼び起こしてしまい、ポニョは津波と一緒に宗介に会いに行きます。ポニョが宗介に会えたとき、宗介は魚のポニョが女の子の正体とすぐに気づき、家に招き入れます。

一方でフジモトは命の水の影響で世界が破滅してしまうと頭を抱えていたところ、海の女神であるポニョの母親は、ポニョを人間にする古い魔法を使えば、ポニョの持ってしまった魔力を封印することができると助言します。その魔法を使うには、宗介がポニョのことが好きであることとポニョが魔法を捨てることが条件になり、失敗した場合ポニョが泡になってしまう恐ろしい魔法でした。それでも二人の気持ちが揺るがないと信じ、ポニョの母親は古い魔法を使い世界を救おうとします。その結果は…

「崖の上のポニョ」のトリビア・裏設定

最初の設定はカエルの子

ポニョ カエル

宮崎駿は当初の構想ではカエルの子が人間になるストーリーを検討していましたが、絵に描いた際に宮崎駿自身の想像の範囲内のものしか書けなかったため魚に変わりました。『ネジをきりきりと巻いて動き出すようなブリキのカエルが、もしいいキャラクターとして描けていれば、全然違うストーリーになった』と宮崎駿は語っています。

企画当初、宗介は宮崎吾朗をモデルとしていた

宮崎駿の息子の宮崎吾朗をモデルとしていましたが、話が進むとスタッフの息子をモデルにするようになり、複数人の人物が宗介に投影されたといわれています。とくに折り紙のシーンはスタッフの息子さんが遊びに来た時のエピソードそのままとか。

宮崎駿の『水』を描きたいというわがままから始まった?

宮崎駿 水と炎

冒頭でも述べましたが、宮崎駿が力を入れたのが生き物のような『海の波』の表現です。波を巨大な魚と見立てて圧倒的なボリューム感で迫力満点に描かれていますが、実は前作の「ハウルの動く城」で宮崎駿は『炎』を描くことに非常にこだわっていました。生き物のような『炎』を描き、大ヒットしたにも関わらず、宮崎駿は次は『水』と意気込み、「崖の上のポニョ」の構想が決まったようです。

生きている証拠は妻への手紙

宮崎駿が「崖の上のポニョ」を創作するにあたり、「広島県福山市鞆の浦」に単身でこもったときに、宮崎駿の妻がその行動を許す条件が実にユニークで、その条件は「生きてる証拠として、毎日絵手紙を出すこと」だったといわれています。メールや携帯電話などの技術が進む現代社会で手紙を選ぶあたりに、天才宮崎駿の妻と感じさせられます。

主題歌の誕生秘話!

宮崎駿と鈴木敏夫は『子供が大きな声を出して歌える歌を作ってください』と音楽担当の久石譲にお願いしたところ、久石譲はその場でサビの部分のメロディーがふっと浮かび、忘れ無いように慌ててトイレに行って、譜面にしてメモを取ったそうです。まさしく天才といえるエピソードです。

実は津波でみんな死んでいた?

崖の上のポニョ 死後の世界

「崖の上のポニョ」でよく言われている都市伝説が、登場人物たちはあの津波で実は死んでいた、というものです。根拠として、老人ホームの年寄りたちが海の中なのに息をしてるし、車椅子だった筈なのに元気に歩いていたりするためです。また宮崎駿や鈴木敏夫だけでなく、音楽を担当している久石譲も輪廻をどう表現するかと死後の世界について触れているため、このような都市伝説が生まれました。

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