プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」日本人選手は誰?人気投票ランキング中!

プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」日本人選手は誰?人気投票ランキング中!

日本人のプロ野球選手で、歴代最高の三塁手(サード)は誰だ?と聞かれたら、皆さんは誰をあげますか?

三塁手(サード)は、安定した守備力もそうですが、やはり打撃力も求められます。そのためパワーがある外国人助っ人や、日本人の長距離バッターがレギュラーに起用されることが多くあります。日本人には長距離バッターが比較的少ない傾向があるため、サードを守る日本人選手は、チームのスター選手が務める傾向があります。

そこで今回は、プロ野球で活躍した日本人の三塁手(サード)を紹介し、「プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」は誰か」という人気投票のランキング結果を発表します。

他にもプロ野球でもっとも豪速球を投げる投手や、最高のショートなどを決めるアンケートも行なっています。ぜひ気になる方は見てみてください。

まずは皆さんのプロ野球で活躍した三塁手(サード)で最もすごいと思う選手を教えてください♪

プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」日本人選手は誰?のアンケート

中村剛也

中村紀洋

小久保裕紀

掛布雅之

衣笠祥雄

有藤通世

長嶋茂雄

中西太

藤村富美男

規定打席に到達したシーズンは本塁打王?「中村剛也」

中村剛也

中村剛也は、7割の力でホームランが打てると自負するほど、長打力が秀逸です。2015年に本塁打王を獲得しますが、それまで規定打席に到達したシーズンでは全て本塁打王を獲得しているという伝説の持ち主。

35歳にあたる2018年シーズンが終わる時点で、通算385本塁打を放っており、怪我さえなければ400~450本塁打を狙える位置にいるため、今後どれくらい数値を伸ばせるのか、期待がかかります。

2011年統一球問題のなか、48本塁打!

2011年、日本プロ野球はミズノ社の低反発ゴム材を用いた飛ばないボールを採用しました。両リーグあわせて本塁打が1605本(2010年)から939本(2011年)に減ったにも関わらず、中村剛也は48本塁打を放ち、本塁打王に輝きました。

飛ばない統一球でなかったら、いったい何本の本塁打をはなっていたのか、というのはファンの中でも議論されたほどです。それほど中村剛也のパワーと技術が、ずば抜けていたことが証明されたシーズンでもありました。

怪我との戦い、怪我がなければ大概本塁打王?

中村剛也は、2018年シーズンまでで、本塁打王を6度獲得しています。日本のプロ野球歴代3位の記録に当たる大記録ですが、実は2018年シーズンまでで規定打席に到達したのは7回のみ。怪我さえなければ大概は本塁打王を獲得しているという恐ろしい記録です。

ちなみに打点王は3回獲得、ベストナインは6回獲得しています。

  • 中村剛也のすごいところ
  • 低反発の統一球が採用された2011年、プロ野球両リーグの本塁打の約5%を中村剛也が放った
  • 7回規定打席に到達し、6回本塁打王を獲得
  • サードで、ベストナイン6回受賞

自分を貫いた孤高のアーチスト「中村紀洋」

中村紀洋

中村紀洋は、自我を貫き通すことから首脳陣と意見が合わず日米通算6球団を渡り歩いたことからあまりいいイメージがない人も多くいるでしょう。

しかし残した成績は素晴らしく、通算404本塁打、通算2106安打を記録し、本塁打王1回、打点王2回獲得しています。三塁手(サード)の守備力も高くゴールデングラブ賞7回受賞、そしてベストナインも5回受賞しています。

傷だらけのプロ野球生活

中村紀洋のような苦労した野球人も珍しいでしょう。まさに昭和の男といっても過言ではなく、決めたことを貫き通すことから首脳陣との対立もよくニュースで流れました。

しかしその実力は文句なく、特に長打力は秀逸で20本塁打以上を10回記録したり、通算404本塁打はすごい記録です。しかし怪我も多く、成績を残している間はいいのですが、怪我をすればすぐに首脳陣が手のひら返し。自由契約や戦力外通告を3回も味わうという波乱万丈のプロ野球人生でした。

それでも2000本安打を達成したり、球界に名を残した名選手であることは間違いありません。

  • 中村紀洋のすごいところ
  • 6球団を渡り歩く波乱万丈の野球人生の中、通算404本塁打を放った
  • サードで、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞7回受賞

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ホークス愛に溢れた「小久保裕紀」

小久保裕紀

小久保裕紀ほど、リーダーシップに長けた、そして武士道精神に溢れた人はいないでしょう。経営不振だったダイエー時代のホークスからジャイアンツに前代未聞の無償トレードをされたあと、FAでソフトバンクに経営が変わったホークスに戻り、ホークスで引退した、まさにホークスのレジェンドと言えるでしょう。

一本足打法とアッパースイングで、本塁打を量産しました。長期にわたって安定した記録を残し続け、通算413本塁打、通算2041安打を記録。ちなみに大卒で400本塁打と2000本安打を共に達成したのは長嶋茂雄、山本浩二、金本知憲と小久保裕紀の四人だけです。

スイングの延長に本塁打がある

小久保裕紀のホームランは、弾道が高く大きな弧を描く独特の特徴がありました。スイング自体が日本人では珍しいアッパースイングで、本塁打を打つためのスイングを心がけたと言われています。

そういった長打にこだわりを持つ一方で、打率は安定して3割前後の数値を残し続けました。ホームランだけではなく、しっかりとヒットも打てる、器用な一面も持ち合わせていました。

守備力も高いが、三塁手(サード)としては...?

入団当初は二塁手(セカンド)として出場し、ゴールデングラブ賞を2回受賞するほどの名手として知られました。しかし膝を故障したのちは守備率も低下。速い打球に反応できず、三塁手(サード)としてゴールデングラブ賞を受賞することはありませんでした。しかしグラブさばきには定評があり、晩年一塁手(ファースト)を守ったときはゴールデングラブ賞を受賞しました。

  • 小久保裕紀のすごいところ
  • 日本プロ野球史上4人しか達成していない『大卒』400本塁打&2000本安打を達成
  • 無償トレードでホークスを追い出されてもFAで戻ってきたホークスのレジェンド

三代目?四代目?ミスタータイガース「掛布雅之」

掛布雅之

掛布雅之は、タイガース一筋で活躍したレジェンドです。175cmと決して恵まれていない体格から放たれる本塁打でファンを魅了しました。

掛布雅之の通算349本塁打は阪神タイガースの球団記録です。怪我のため33歳での引退しましたが、怪我さえなければ記録はもっと伸びていたかもしれません。掛布雅之の引退の決断は多くのファンやプロ野球関係者から留意されましたが、現役を続けるなら阪神という強い意志で引退し、阪神タイガース愛を貫き通しました。

長嶋茂雄・バースも認めた掛布の打撃センス

掛布雅之は入団当初175cmということもあり、とても本塁打を狙えるようなバッターではありませんでした。しかし肉体改造および打撃の改善もあり、見事に長打力を向上させ、本塁打王3回、打点王1回獲得しました。

小柄な体格で体をフルに使い本塁打にする技術は様々なレジェンドな選手から賞賛されました。掛布雅之は、腕力がすごいわけではなく、下半身で本塁打を打つタイプだったと言われています。体幹がしっかりしており足腰が強いため、早い腰の回転にたえ、下半身の力をボールに伝えて本塁打を放っていました。

またバッティング技術も非常に高く「本塁打は狙って打つもの、ホームランの打ち損じがヒット」という考えを持っていました。

掛布雅之は、本塁打を打つための肉体改造と打撃改善が実り、阪神タイガースが誇る本塁打王となったといえるでしょう。その打撃センスは、長嶋茂雄やバースも賞賛しています。

サードでダイヤモンドグラブ賞を6度受賞するほど守備の名手...?

掛布雅之は、その強肩より6度のダイヤモンドグラブ賞(後のゴールデングラブ賞)を三塁手(サード)で受賞しており、その経歴から守備の名手と思われることもあります。しかしこれには賛否両論。

実は掛布雅之の通算守備率は「.963」と高くありません。さらにダイヤモンドグラブ賞を受賞していた年でさえ、守備率.980以上を記録していません。その時代に名手がいなかったという説もあるほどです。

  • 掛布雅之のすごいところ
  • タイガース一筋のスター選手で「ミスタータイガース」と称された
  • 通算349本塁打は阪神タイガースの球団記録
  • 6度の30本塁打、7度の3割以上を記録
  • 本塁打王3回、打点王1回獲得
  • サードで、ベストナイン7回、ダイヤモンドグラブ賞6回受賞

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連続試合出場記録2215試合の鉄人「衣笠祥雄」

衣笠祥雄

衣笠祥雄といえば、日本歴代1位となる連続試合出場記録「2215試合」を記録していることで有名です。達成当時は日本記録ではなく世界記録でしたが、カル・リプケンが衣笠祥雄の記録を抜き、2632試合連続出場記録を達成しています。

そんな衣笠祥雄は選手としての成績も超一流。通算2543安打、通算504本塁打、通算266盗塁を記録し、タイトルとして打点王1回、盗塁王1回を獲得しました。そして三塁手(サード)として、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞3回受賞するなど、連続試合出場記録だけでなく、その成績もプロ野球の歴史に大きく名を刻んでいます。

引退するまで連続試合出場記録が伸び続けた

衣笠祥雄のすごいところは、引退するまで連続試合出場記録を伸ばし続けていることです。怪我や不振が原因で記録が途絶えたわけではなく、引退することで記録が途絶えました。当時の世界記録である連続試合出場記録「2215試合」を記録の終わりの理由が、『引退』ということはすごくかっこいいことなのではないでしょうか。

安定感のあるプレーで数々の記録を打ち立てる!

連続試合出場ばかり注目されてしまいますが、衣笠祥雄は非常に安定した打撃成績を残しています。特に長打力は、20年連続二桁本塁打を放つなど、通算504本塁打を記録、これは日本プロ野球歴代7位の記録となります。

そのほかにも、通算2543安打は日本プロ野球歴代5位、通算1448打点は日本プロ野球歴代10位と素晴らしい記録を残しています。

走攻守3拍子揃ったオールラウンダー

衣笠祥雄の打撃力はいうまでもなく、ゴールデングラブ賞を3度受賞する守備力、そして通算266盗塁を記録する走力、まさに走攻守三拍子揃った選手でありました。

連続試合出場記録だけでなく、打撃成績や守備力走力全てにおいて一流の成績を記録した衣笠祥雄は国民栄誉賞も受賞。

  • 衣笠祥雄のすごいところ
  • 連続試合出場記録「2215試合」(※日本歴代1位)
  • 17年間休みなく働いた『鉄人』
  • 通算2543安打(NPB歴代5位)、通算504本塁打(NPB歴代7位)を記録
  • ベストナイン3度、ゴールデングラブ賞3度受賞
  • 王貞治にプロ野球選手として2人目の国民栄誉賞を受賞

ミスター・ロッテ「有藤通世」

有藤通世

有藤通世は、選手でも監督でもロッテ一筋を貫いたことからミスター・ロッテと呼ばれるロッテのスター選手です。トリプルスリーを狙えるその身体能力で、18年間ロッテで主に三塁手(サード)として活躍しました。

走攻守すべてにおいて、レベルが高く、三塁手(サード)で、ベストナイン通算10回受賞(1969年~1975年は7年連続受賞)は今でも破られないパ・リーグの記録(2019年時点)です。

すべての数値で非凡なる成績を残す!

有藤通世は、11度の20本塁打、5度の3割以上、6度の20盗塁を記録するなど、打撃面、走塁面で非常に高い成績を残しました。1977年にはシーズン打率.329で首位打者に輝いています。また安定して成績を残し続け2000本安打達成し、パ・リーグで大卒選手が2000本安打を達成するのは有藤通世が初めてでした。

守備でも評価は高く、ダイヤモンドグラブ賞(後のゴールデングラブ賞)を4回受賞していました。

  • 有藤通世のすごいところ
  • ロッテ一筋のスター選手で「ミスター・ロッテ」と称された
  • 11度の20本塁打、5度の3割以上、6度の20盗塁を記録
  • サードで、ベストナイン10回(パ・リーグ記録)、ダイヤモンドグラブ賞4回受賞

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プロ野球史No1『天才』「長嶋茂雄」

長嶋茂雄

説明不要のレジェンドである長嶋茂雄。「4番サード」というフレーズを今でもよく使われますが、長嶋茂雄がジャイアンツの「4番サード」をつとめた影響と言えるでしょう。

残した記録はもちろん、伝説として語り継がれる長嶋茂雄のエピソードは数しれません。長嶋茂雄はここぞという時には、必ず結果を残す勝負強さを持っており、巨人のファンだけでなく、野球ファンは皆んな長嶋茂雄のファンだったといっても過言ではありません。

歴代三塁手(サード)の中でもダントツの成績!

通算打率.305、通算444本塁打、通算1522打点、通算2471安打など、日本のプロ野球では大卒で400本塁打と2000安打のダブル達成者は、長嶋茂雄が史上初となります。

右打者ですが高打率を誇り、首位打者6回獲得(右打者の最多記録)、本塁打王を2回、打点王を5回獲得しています。王貞治とタイトルを争うことが多く、王貞治と長嶋茂雄の活躍した時代が違えば、二人ともタイトルや三冠王をもっと獲得していたことでしょう。

また走攻守全てにおいて高いレベルと、その愛されたキャラクターから、ルーキーイヤーから引退するまでの17年間連続で、ベストナインを17回獲得しています。現役全シーズンのベストナイン受賞は長嶋茂雄だけです。

三振が絵になるのは長嶋茂雄だけ

残した記録も凄いですが、とにかく絵になるのが長嶋茂雄。

プロ初試合で、400勝投手の金田正一から4打席連続三振したのですが、全てフルスイングで三振したことはあまりにも有名。空振りすると、ヘルメットが三塁ベンチの方へ飛ぶこともあり、その豪快なスイングを野球ファンは愛しました。

また守備に関しても、とにかく魅せる守備にこだわり、簡単なゴロを難しくとってファンを喜ばせたりしました。

しかし実際の守備力も非常に高いのが長嶋茂雄です。守備範囲は非常に広く、守備範囲の指標であるRRF(レンジファクター)で8回も三塁手リーグトップを記録しました。また長嶋茂雄の通算守備率.965は1500試合以上出場した選手の中では三塁手(サード)のプロ野球歴代1位の記録です。

残した伝説は紹介しきれません!

  • 長嶋茂雄伝説
  • ルーキーの時、ベースを踏み忘れて本塁打が取り消され、トリプルスリーを逃す
    • プロ1年目の1958年:打率.305、29本塁打(本塁打王)、37盗塁、92打点(打点王)
  • ホームスチールを6回試みて2回成功する
  • ヒッティングゾーンが人より広く、ボール球をホームランにしてしまうため、ピッチャーはどこに投げればいいのかわからない
  • 野村克也が集中力を乱すため「フォーム崩しているんじゃないの?」とささやくと、「ホント?ちょっと待って」といって素振りを2、3回した後にホームランを放ち、「ありがとね」と野村にお礼をいった
  • 長嶋茂雄語録
  • (打撃指導)球がこうスッと来るだろ、そこをグゥーッと構えて腰をガッとする、あとはバァッといってガーンと打つんだ
  • (アメリカ)すごいな、こっちの子は英語がうまいなあ
  • (東京に住んでいましたの英訳は?)I live in EDO
  • (映画の試写会で内容を褒めた後に一言)私もまだ見ていません

いかがでしたか。愛される理由がわかるのではないでしょうか。記録もすごいですが、人間としても暖かい人物だとわかったのではないでしょうか。

  • 長嶋茂雄のすごいところ
  • 首位打者6回獲得(右打者のNPB最多記録)、本塁打王2回、打点王5回獲得
  • 通算打率.305、通算444本塁打、通算1522打点、通算2471安打
  • 1500試合以上出場したサードでNo1の守備率
  • ここぞというときは必ず結果を残す絵になる男
  • 数々の伝説エピソード&伝説語録

いくつもの豪打伝説を誇る「中西太」

中西太

中西太の身体能力はプロ野球史上No1と言われることも。素振りの音が敵チームまで聞こえたなど、豪快な伝説がたくさんあります。

26歳以降は腱鞘炎などの怪我に悩まされ、ほとんどを代打で過ごしました。しかし中西太は、通算1262安打、通算244本塁打、通算打率.307という記録のほとんどを、25歳のシーズンにあたる7年の間に残しています。怪我がなければ安打数や本塁打数が2倍以上は記録しただろうと言われるほど。三塁手(サード)の歴代名手といえば、長嶋茂雄と中西太の二人の名前をあげる人は多くいます。

数々の豪快豪打伝説!

中西太といえば、豪快な打撃伝説が数々。まずはその一部を紹介します。

  • 中西太の豪快豪打伝説
  • 場外本塁打の飛距離は180m以上と言われた
  • ライナーを遊撃手が補給できず病院送りにした
  • 素振りの音が相手ベンチまで聞こえた
  • 内野手が飛びついたライナーがホームランになった

抜群の身体能力で10代から活躍

中西太は、高卒ルーキーで打率.281、12本塁打を放ち、新人王に輝きました。翌年2年目には、打率.314、36本塁打、36盗塁を記録し、史上最年少でトリプルスリーを記録、その年に本塁打王と打点王を獲得しました。

中西太の身体能力から、入団7年目の25歳シーズンまでに、本塁打王を5回獲得、打点王を3回、首位打者を2回と、数々のタイトルを獲得しました。これほどのタイトルを短期間で獲得したにも関わらず三冠王にはいつも一歩届かず、二冠王に4度輝いています。

守備走塁も評価は高い!

中西太は大きな体格でしたが、抜群の身体能力で多くの盗塁を記録しました。入団から5年連続二桁盗塁を記録したり、通算142盗塁を記録。また柔らかなグラブさばきには定評があり、走攻守三拍子揃った選手として、三塁手(サード)としてベストナインを7回受賞しました。

  • 中西太のすごいところ
  • 高卒から7年間の間に本塁打王を5回獲得、打点王を3回、首位打者を2回獲得
  • 若干20歳で史上最年少のトリプルスリーを記録
  • 走攻守3拍子揃った選手でサードでベストナインを7回受賞
  • 身体能力から数多くの豪打伝説がある

この人なしではプロ野球を語れないミスタータイガース「藤村富美男」

藤村富美男

今ではミスタータイガースと呼ばれる選手は何人かいますが、「初代ミスタータイガース」こと藤村富美男の名前は絶対に欠かすことができません。藤村富美男がいなければ、阪神タイガースの人気だけではなく、今のプロ野球の人気・発展自体がなかったとも言われるほど、影響を与えました。格が違う、スケールが違うというのが、この藤村富美男といえるでしょう。

第二次世界大戦の兵役で選手としての旬な23歳から30歳くらいまでの大半を棒に振りますが、それでも通算1694安打、通算本塁打224本、通算打率.300など、輝かしい成績を残しています。

「ボールが止まって見える」を超えた「レフトスタンドがすぐそこに見える」

戦後まもない投手が圧倒的に有利だった投高打低の時代に、46本塁打(1949年)を放ったり、打率.362(1950年)など、とんでもない記録を残しています。ちなみにプロ野球で初めて40本塁打以上を放ったのが、藤村富美男です。

タイトルとして首位打者1回、本塁打王3回、打点王5回、またベストナインも6回獲得しますが、兵役が終わった後の30代で獲得しました。

そんな藤村富美男の名言は、格が違いました。

ボールが止まって見えたとか、縫い目が見えたとか言われるが、あのときは、そういうものじゃなかった。レフトスタンドがすぐそこに見えた

戦争がなけ『れば』、今のプロ野球であ『れば』

『たられば』を最も使いたくなる選手といっても過言ではありません。20代の頃に兵役に行かなければ、プロ野球が現在のような140試合前後行われる時代であれば。一体どんな記録を残していたのでしょうか。

  • 藤村富美男のすごいところ
  • タイガースだけではなく、プロ野球の発展に貢献した
  • 20代の大半を兵役で戦争にいったのに、通算1694安打、通算本塁打224本、通算打率.300を記録
  • 戦後の投高打低の時代に46本塁打を放ったり、3割以上を度々記録
  • 本塁打王3回、打点王5回、首位打者1回獲得
  • サードで、ベストナイン6回受賞

「プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」は誰?」のまとめ

いかがでしたか。三塁手(サード)は守備力ももちろん必要ですが、比較的打撃力が求められます。サードにはチームの顔となる選手が任されることも多く、今回紹介した選手たちの多くは、所属したチームの顔となり活躍しました。

皆さんの考えるプロ野球歴代最高の三塁手(サード)はだれでしょうか。

それでは最後に気になる人気投票ランキングの発表です!

プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」日本人選手は誰?のアンケート

中村剛也

中村紀洋

小久保裕紀

掛布雅之

衣笠祥雄

有藤通世

長嶋茂雄

中西太

藤村富美男

アンケートまだまだ募集しています!皆さんのご意見も是非教えてください。

プロ野球歴代最高の「三塁手(サード)」日本人選手は誰?のアンケート

中村剛也

中村紀洋

小久保裕紀

掛布雅之

衣笠祥雄

有藤通世

長嶋茂雄

中西太

藤村富美男

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投稿されたコメント

なぜ、小笠原が入っていないのか理解できない。

数字を見ても長嶋さんの次か或いは1位でもいい。
2019-10-31 12:24:29

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